第3回

前原香織様でいらっしゃいますね。
サングラスを取らない不躾さと裏腹な丁寧な言葉使いはどこかヤクザの
セリフに聞こえたかもしれない。
「そうですけど……」
香織は表情をこわばらせて稔を見た。
「真理子お嬢様からご連絡がありましてお迎えにあがりました」
「そう、ありがとう」
ハッと息を呑むように言葉がとぎれた。
「お荷物をお持ちいたしましょう。どうぞこちらへ」
稔は鞄を押して先を歩いた。
「あなたは、こちらの生まれなの?」
「いいえ、東京の生まれです。東京のお屋敷に老いぼれた下男というか
 庭番というかそんな男がひとりいるでしょう」
「ええ」
「あれがわたくしのおやじです」
「そうだったの」
「先祖代々お屋敷にお仕えする身分の者でして、わたくしは別荘番という
 名目でこちらでお世話になっております」
香織は戸惑い、沈黙してしまった。
この男のフテブテしい、押し付けがましい態度はなんなんだろう……。
香織は聞き流して窓の外を流れる夕焼けに眼をやった。
やはりお兄様と一緒に来た方がよかったかしら……。
今夜ひと晩だけでもこの男と同じ屋根の下に過ごさねばならないことが
恐ろしいように思えてきたのだった。
別荘に車が着いた頃には空の青さも消えていた。
ヤマトが囲いの中からしきりに吠えたてていた。
「夜は囲いから出してやりますので、泥棒も押し入りません」
稔は玄関から上がってすぐ左に続く廊下へと香織を導いた。
「こちらへどうぞ」
ここへ来るのがはじめての香織はなんの疑いも持たずについてくる。
さすがに地下室に降りるとわかった時にはためらいを見せたが、
「離れのお部屋へ行くには、むさ苦しいですがここを通るのです」
と稔にごまかされてついてきた
稔は地下牢といってもいい、鉄扉を開けた。
「どうぞ、ここを抜けると離れでございます」
香織はまんまと稔に言いくるめられ、稔の傍らをすり抜け、鉄扉の中へ入った。

-つづく-

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