第32回
「部長。 新見部長。ちょっと!」
黒河が社内の廊下で声をかける。
「なんだ、君か。 なにかようか?」
「そんな、つれない言い方はないじゃないですか。今晩つきあって下さいよ」
「今晩か?」
「はいっ。是非、部長に見せたいショーがありまして。6時に下で……」
それだけ言うと黒河はそそくさと廊下を走っていってしまった。
二人を乗せたタクシーはオフィス街を抜け、安っぽいネオンサインがきらめく
繁華街を、全速力で走り抜けていった。
「おい、どこまで連れて行くつもりだ?」
「もうすぐですよ」
黒ずんだ煉瓦の建物が、不気味な影となって通りすぎていく。
車はもう繁華街をはずれて、汚らしい露地に入っていった。
人気のない街が続き、うす汚れた建物が、絶え間なくつづいている。
その路を折れ曲がって、さらに狭くて怪しげな小道に車が突き進んでいくと、
新見もさすがに不安になり、後部座席から乗り出して怒鳴りつけた。
「どこに連れていく気なんだ!」
「ほんとにもうすぐですよ。部長にどうしてもお見せしたいショーでして」
黒河はのんびりとした声で応えた。
「こんな寂しいところにあるのか?」
新見は疑わしそうに尋ねた。
「完全会員制で警察にバレないように毎回場所を変えるんですよ」
「大丈夫なのか?」
「一応、警察の動きはわかるようになっているらしいですから大丈夫ですよ」
そのとき、タクシーは大きく揺れて、乱暴に停車した。
誰も住んでいそうもない、荒れ果てたビルがポツンとそこにあった。
「古めかしい建物だなぁ。かつてはスーパーマーケットだったらしい……」
新見は独り言のようにつぶやき、壊れかけた看板を見上げた。
いろいろな色のタクシーがいっぱい、汚れた露地の両側に停められていた。
黒河が先を歩き、新見が続いた。
黒河は建物のかげに近寄って、もったいぶった手つきでノックした。
アメリカの禁酒法時代のように、頑丈に閉められた扉の小窓が開いた。
その瞬間、モウモウたる紫煙の彼方から、音楽が騒音となって襲ってきた。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
ボーイが気取って礼をすると、二人を中に導いた。
「どうぞ、こちらに……」
混み合った店内を奥へと歩いていく。
たばこの煙と酒の臭いとロックと笑い声がミックスされて異様な雰囲気だった
二人は二階の個室に案内された。
ソファに腰を下ろして、やっとくつろいだ。
個室の正面にあたる壁は全面ガラス張りとなっていて舞台がよくみえる。
しばらくすると、タイトスカートにスリットが腰のあたりまできている女が
ビールを運んできた。
床に膝をつき、そそぐしぐさをしてくれる。
新見は立て膝をついた女の股が覗きこみながら、コップを傾けた。
女は下着をつけていないのか、黒い茂みらしきものが見える。
黒河もビールをもらい、とりあえず乾杯をして舞台を見つめていた。
女は次から次とツマミを運んでくる。
「挨拶をしてきますので、ちょっと失礼します」
黒河はそう言うと部屋から出ていった。
2、3杯ビールをもらうと、女も部屋から出ていってしまった。
一人取り残された新見は、部屋の中を見回した。
たばこをくゆらしていると、さっきとは違う女が入ってきた。
やっとヒップが隠れるぐらいの短いドレスを身につけていた。
二人のテーブルにジントニックを置いて、愛想よく微笑んだ。
その時、店内の照明がいっせいにおち、真っ暗となった。
舞台にスポットライトがあたる。
その先には、金属製のキングサイズよりも大きそうなベッド運ばれていた。
まばゆいばかりのライトが一転して、ムーディーな照明に変化した。
気がつくと女もいなく、一人でショーを見るしかないようだった。
どこからともなく綺麗な音楽が、甘ったるい調子で流れてくる。
そのメロディは、聞いていると淫らな気分をかきたてられそうだった。
-つづく-
/ 次回 / 前回 /
