第17回
黒河はビデオテープを手にして、テレビに近づいていった。
最初に、乱れた波のようなものが映し出された。
それから、横線が何度も画面を縦に行き来し、画面のブレがおさまった。
(こ、これは)
カメラは、先程の写真と同じ場所のようにに見える。
資料を整理する棚に手をかけ、OLがヒップを露にしている。
男はスボンを下ろしているところだった。
潤子の胸の動悸が一段と速まった。
カッと全身が熱くなる。
(そんなはずないわ、そんな……)
認めたくはなかった。だが、夫だった。
今、まさにOLに襲いかかろうとしているのは、紛れもなく夫だった。
顔は見えないが、寝食を共にしている夫の後ろ姿を見間違うはずがない。
潤子を取り巻いていた平穏な世界が音を立てて崩れていった。
黒河の声が、ショックに追い打ちをかけた。
「新見部長は部下であるの榊原千枝という娘を権力で犯したんですよ。」
(そんな、夫が会社でそんなことを……)
潤子は絶望の中で怒りを感じた。
潤子には自分が夫に愛されているという自負があった。
夫、恭一とは五年前に結婚式をあげた。
その時、潤子は三十二才。十二才になる娘の奈菜をつれていた。
潤子がまだ大学生の頃、非常勤講師に強引に身体を奪われ、
その時にその男の種を宿した。
妊娠したことを告げると男は逃げてしまった。
潤子はそのことを親にも相談できず、悩んでいるうちに、
お腹のなかの子はおろすことのできないほど大きくなっていた。
潤子は大学を退学し、実家にかえり女の子を生んだ。
その子が今年十七才になる娘の奈菜である。
やがて奈菜に手がかからなくなると潤子はパ−ト勤めに出た。
潤子の実家は裕福であったが、ひとりで部屋にいると憂鬱になるためだった。
勤め先の事務の仕事をしているとき、取引先である恭一と知り合った。
何度か食事に誘われ、ポロポーズされた。
恭一を嫌いなわけではなかったが、最初は丁寧に断った。
男性との恋愛経験に乏しい潤子にとっては夢のようであったが、
連れ子までいる自分の境涯を思うと到底つりあわない気がした。
それに奈菜と恭一が上手くやっていけるのかどうかも心配だった。
しかし、恭一の情熱的なプロポースに潤子の女心は揺らぎ、承諾した。
あの情熱的な恋愛時代があるからこそ、夫の浮気が信じられなかった。
「フフッ、見なよ、部長のあの腰づかい。」
画面では、新見が千枝を後ろから激しく突いている。
尻たぼが忙しく躍動している。
「ああ、もういや……とめて!」
潤子は両手で顔を覆い、激しく首を左右に振った。
(ひどい、ひどすぎる……)
これ以上見たら、気がふれてしまいそうだった。
しかし、黒河はビデオを止めるどころか、逆に音声を大きくする。
「……ああぁ、部長、もう許して下さい……」
いくら目を覆っても、増幅された淫らな喘ぎ声が飛び込んでくる。
その高い、喘ぎ声にまざって、夫の激しい息づかいまでが聞こえる。
「旦那もご蘭悦のようすだ、奥さんだけ貞操を守るなんて馬鹿らしいだろう。」
いつの間にか潤子のそばにいる黒河が耳もとで囁く。
潤子の涙ぐんだ瞳が、言葉の意味を探るように動いた。
やがて、小さな悲鳴をあげて、黒河から逃げよう身体をよじった。
しかし、黒河に腕をとられ、強引に引き寄せられてしまった。
ぬめぬめした舌が耳たぶを舐めてくる。
荒い息づかいが耳孔に響きわたり、悪寒が全身を駆け抜けた。
「綺麗ですよ、とっても。奥さん」
「ああ、やめてください」
潤子はありったけの勇気を振り絞って抗議する。
黒河は、潤子の肩を抱きしめ、いきなり唇を奪った。
「ああ、い、いや……うっ……」
潤子は激しく抵抗する。足をばたつかせ必死に黒河の胸を押した。
が、普段、暇をもてあましジム通いをかかさない黒河の力には適わない。
黒河はなおも無理やり唇を押しつけ、すすりあげる。
潤子は抗うように首を左右に振りたて、分厚い唇から逃れようとする。
黒河は頬を両手で挟むようにして押さえ、重ねた唇で潤子の唇を吸い続ける。
夫以外の男の唇なんて、気持ちが悪くて吐き気がしてくる。
その一方で、頭の中が痺れるように酔っていく自分がいるのに気がついた。
(いや、だめ……こんなこと……)
黒河の舌が強引に唇を割って入ってきた。
潤子は硬く歯を噛み締め、侵入を防ごうと努力する。
それ自体が生きているかのように上下の歯茎を行き来する。
鼻での呼吸が苦しくなり、口を半開きした瞬間を逃さず黒河の舌が絡み付く。
「うぐぐ、あぁ……」
潤子の吐息が淫らに漏れる。
黒河は片手で潤子の後頭部を押さえつけ、唇を奪い続けた。
そして、あまったもう一方の手をスカートの中にこじ入れようとしていた。
-つづく-
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